5  ハミルトニアン形式

5.1 Kogut–Susskind形式

格子上のゲージ理論のハミルトニアン形式は Kogut と Susskind によって1970年代に定式化された (Kogut and Susskind 1975). 本節では格子上の \(\mathrm{SU}(N)\) Yang–Mills 理論のハミルトニアン形式について考える. 任意の格子について定式化できるが,ここではゲージ不変な物理状態の構成が容易なハニカム格子を扱う:

頂点の集合を \(\mathcal{V}\),辺の集合を \(\mathcal{E}\) とする. 各辺は,向きを持ち,始点と終点が定められている. 辺 \(e\in\mathcal{E}\) に対して,その始点および終点を それぞれ \(\mathrm{s}(e)\in\mathcal{V}\) および \(\mathrm{t}(e)\in\mathcal{V}\) と書く.また,\(e\) の始点と終点を入れ替えた辺は \(\bar{e}\) と表す. 各六角形をプラケットと呼び,その集合を\(\mathcal{P}\)とする. 各プラケットは面であり,その境界をなす有向閉曲線(経路)を定める.例えば,

では,始点を \(e_1\) として, 経路は \(e_1 \to e_2 \to e_3 \to \bar{e}_4 \to \bar{e}_5 \to \bar{e}_6\) である.

以下では,物質場を含まないゲージ理論を考える. ゲージ場の自由度は,辺 \(e\in \mathcal{E}\) の上に定義され, その上の量子系は, 4.2 節で解説した \(\mathrm{SU}(N)\) とする. つまり,基本的な演算子は \(\ER_i(e)\), \(\EL_i(e)\), \(U_a(e)\) である. これらの正準交換関係は,

\[ [\ER_{i}(e),U_a(e')] =U_a(e) T_{ai}\delta_{e,e'}\,, \quad [\ER_{i}(e),\ER_{j}(e')]=\ri f^{k}_{~ij}\ER_{k}(e)\delta_{e,e'}\,, \tag{5.1}\]

\[ [\EL_{i}(e),U_a(e')] =T_{ai}U_{a}(e)\delta_{e,e'} \,,\quad [\EL_{i}(e),\EL_{j}(e')] =-\ri f^k_{~ij}\EL_{k}(e)\delta_{e,e'} \tag{5.2}\]

で与えられる.

プラケット \(p\) に沿った経路を \(e_1\to e_2\to e_3\to \bar{e}_4\to \bar{e}_5\to \bar{e}_6\) とし, その上の演算子 \(U(p)\)

\[ U_a(p)\coloneqq U_a(\bar{e}_6)U_a(\bar{e}_5)U_a(\bar{e}_4)U_a(e_3)U_a(e_2)U_a(e_1) \]

と定義する.ここで,バーとバーなしの辺の演算子の対応は,\(U_a(\bar{e})=U^\dag_a(e)\) である. 同様に一般の閉じた経路に対して定義された \(U_a\) からなる演算子は表現 \(a\) の Wilson ループと呼ばれる.以下,表記の簡略として基本表現の場合は添字 \(a\) を省略し,\(U(e)\coloneqq U_{\mathrm{fund}}(e)\)\(U(p)\coloneqq U_{\mathrm{fund}}(p)\) と表す. ハミルトニアン \(H\) は,この \(U(p)\) と電場の2乗 \(E^2(e)\) を用いて,

\[ H=\sum_{e\in {\mathcal{E}}}\frac{1}{2}E^2(e) -\frac{K}{2}\sum_{p\in \mathcal{P}}(\tr U(p)+\tr U^\dag(p) ) \tag{5.3}\]

と定義される.ここで,\(K\) は結合定数である. 電場項について独立な結合定数を導入してもよいが,エネルギーの単位のスケールを調整することで \(1\) に取ることができる.

5.2 ゲージ不変性

ある頂点 \(v\in \mathcal{V}\) に対するゲージ変換の生成子を

\[ G_i(v)\coloneqq \sum_{e\in \mathcal{E}| \mathrm{s}(e)=v}\ER_{i}(e)-\sum_{e\in \mathcal{E}| \mathrm{t}(e)=v}\EL_{i}(e) \]

と定義する. この演算子は,頂点が始点になっている辺に対して \(\ER_i\) を,終点になっている辺に対して,\(-\EL_i\) を割り当て,和を取ったものである. 交換関係は \([G_i(v),G_j(v)]=\ri f^k_{~ij}G_k(v)\) を 満たし,Lie代数をなす. 有限のゲージ変換はゲージ変換パラメータを \(\theta^i(v)\) として, \(V=e^{\ri\sum_{v\in\mathcal{V}}\theta^i(v)G_i(v)}\) で表すことができる.この変換のもとで,\(U_a(e)\) は,

\[ U_a(e)\to V U_a(e)V^\dag = D_a^\dag(\mathrm{t}(e))U_a(e)D_a(\mathrm{s}(e)) \tag{5.4}\] と変化する.ここで,\(D_a(v) = \exp(\ri \theta^i(v)T_{ai})\) は表現行列である. 同様に \(\ER_i(e)\)\(\EL_i(e)\) は,

\[ \ER_i(e)\to V \ER_i(e) V^\dag = [D_\mathrm{adj}(\mathrm{s}(e))]^j_i\ER_j(e),\quad \EL_i(e)\to V \EL_i(e) V^\dag = [D^\dag_\mathrm{adj}(\mathrm{t}(e))]^j_i\EL_j(e) \tag{5.5}\]

と変換される.

ハミルトニアンは,ゲージ変換 (5.4) および (5.5), すなわち,ハミルトニアンとゲージ変換の生成子は可換であり,\([H,G_i(v)]=0\) が成り立つ. これはゲージ対称性またはゲージ不変性と呼ばれる. ゲージ対称性は形式的には対称性の一種であるが,実際には理論を記述する冗長性とみなされる. したがって,物理量はゲージ不変なものに限られ,状態もゲージ不変であることが要求される.

ゲージ変換のもとで,一般の状態 \(\ket{\Psi}\) は, \[ \ket{\Psi}\to e^{\ri\sum_{v\in\mathcal{V}}\theta^i(v)G_i(v)}\ket{\Psi} \tag{5.6}\]

と変換する.物理状態は任意の \(\theta^i(v)\) に対して不変である必要があるので,微小変換のもとでの不変性,つまり,すべての \(v\in\mathcal{V}\) に対して,Gauss の拘束条件

\[ G_i(v)\ket*{\Psi}=0 \tag{5.7}\]

を満たす必要がある.逆に式 (5.7) を満たせば,状態は式 (5.6) の変換のもとで不変である. 以後,本稿では,式 (5.7) を満たす \(\ket{\Psi}\) を物理状態と呼ぶ.

5.3 物理状態の構成

物理状態は,Gauss の拘束条件 (5.7) を満たす必要があるが, 格子上では,電気的基底を用いることで比較的容易に構成できる. \(G_i(v)\) は Lie代数の生成子であり,式 (5.7) は,頂点において,状態が表現の1重項になることを要請している. ここでは,ハニカム格子を考えているので\(3\)点頂点を考えれば十分である.頂点を\(v\)とし,それが 辺 \(e_1\), \(e_2\) の始点,\(e_3\) の終点になっている場合を考える:

すなわち,\(\mathrm{s}(e_1)=\mathrm{s}(e_2)=\mathrm{t}(e_3)=v\) である. このとき,状態 \(\ket*{a,m_a,n_a}_1\ket*{b,m_b,n_b}_2\ket*{c,m_c,n_c}_3\) に対して,Clebsch–Gordan 係数 \(\braket{a,n_a;\, b,n_b}{c,m_c;\mu}\) を用いると

\[ \ket*{\varphi}=\sum_{n_a,n_b,m_c}\frac{1}{\sqrt{d_c}} \braket{a,n_a;\, b,n_b}{c,m_c;\mu} \ket*{a,m_a,n_a}_1\ket*{b,m_b,n_b}_2\ket*{c,m_c,n_c}_3 \tag{5.8}\]

という線形結合が得られ,これは,\(G_i(v)\ket{\varphi}=0\) を満たす. ここで,\(1/\sqrt{d_c}\)\(\braket{\varphi}{\varphi}=1\) を保証するための規格化因子である.

一般に,各頂点に Clebsch–Gordan 係数を割り当てれば,Gauss の拘束条件を満たす物理状態を構成することができる. 結果として,物理的な基底は,

\[ \tag{5.9}\]

のように,辺に表現,頂点に多重度のラベルを付与した表現のネットワークで表される. ただし任意の表現が許されるわけではなく,Clebsch–Gordan 係数が非零となる組み合わせのみが許される.

5.4 状態と演算子のグラフィカルな表現

ここで状態と演算子に関して,グラフィカルな表現を導入する. 式 (4.8) より状態と \(U_a\) には対応関係があり,\(\sqrt{d_a}U_a\) に表現 \(a\) のラベルを持った向きのある線を対応させる:

\[= \sqrt{d_a}U_a\,.\]

逆向きの矢印には,\(\sqrt{d_a}U_a^\dag\) を対応させる.

頂点については,

\[= \braket{a,n_a;\, b,n_b}{c,m_c;\mu}\frac{1}{\sqrt{d_c}}\,, \]

\[= \braket{c,n_c;\mu}{a,m_a;\, b,m_b}\frac{1}{\sqrt{d_c}} \]

と Clebsch–Gordan 係数を対応づける. これにより,式 (4.6) などに対応して,

\[= \sum_{c,\mu}\sqrt{\frac{d_c}{d_ad_b}}\] \[\,,\]

\[ \tag{5.10}\]

\[= \delta_c^{c'}\delta_{\mu}^{\mu'}\sqrt{\frac{d_ad_b}{d_c}}\]

\[ \tag{5.11}\]

を得る.ここで内線の添字は縮約するものとする. さらに3つの \(U_a\) の積の順番を考慮していくと

\[= \sum_{f,\rho,\sigma} [F^{abc}_d]_{(e,\mu,\nu)(f,\rho,\sigma)}\]

\[ \tag{5.12}\]

の関係も導かれる.ここで\([F^{abc}_d]_{(e,\mu,\nu)(f,\rho,\sigma)}\)は,\(F\)-symbol と呼ばれるユニタリ行列である.

\(1\), \(2\) について,次の演算子を考える:

\[ \sum_{l_b,l_e,n_e,n_c} \braket{a,m_a; b,l_b}{e, l_e;\mu} \braket{e,n_e; c,n_c}{d, n_d;\nu} [U_{b}(1)]^{m_b}_{l_b}[U_{e}(2)]^{l_e}_{n_e} [U_{c}(1)]^{m_{c}}_{l_c} [U_{c}(2)]^{l_c}_{n_{c}} \,. \]

式 (4.6) を用いて,\(U\)を合成し,項を整理すると

\[ \begin{split} &\sum_{l_b,l_e,l_c,n_e,n_c} \braket{a,m_a; b,l_b}{e, l_e;\mu}\braket{e,n_e; c,n_c}{d, n_d;\nu} [U_{b}(1)]^{m_b}_{l_b} [U_{e}(2)]^{l_e}_{n_e}[U_{c}(1)]^{m_{c}}_{l_c} [U_{c}(2)]^{l_c}_{n_{c}}\\ &=\sum_{l_b,l_e,l_c,n_e,n_c} \braket{a,m_a; b,l_b}{e, l_e;\mu}\braket{e,n_e; c,n_c}{d, n_d;\nu}\\ &\quad \times \sum_{f,m_f,n_f,\rho} \braket{b,m_b; c,m_c}{f,m_f;\rho} \braket{f,n_f;\rho}{b,l_b; c,l_c} [U_f(1)]^{m_f}_{n_f}\\ &\quad \times \sum_{g,m_g,n_g,\lambda}\braket{e,l_e; c,l_c}{g,m_g;\lambda} \braket{g,n_g;\lambda}{e,n_e; c,n_c} [U_{g}(2)]^{m_g}_{n_g}\\ &=\sum_{f,m_f,n_f,\rho}\sum_{g,m_g,n_g,\lambda} \sum_{l_b,l_e,l_c} \braket{f,n_f;\rho}{b,l_b; c,l_c} \braket{a,m_a; b,l_b}{e, l_e;\mu} \braket{e,l_e; c,l_c}{g,m_g;\lambda}\\ &\quad \times \sum_{n_e,n_c} \braket{g,n_g;\lambda}{e,n_e; c,n_c}\braket{e,n_e; c,n_c}{d, n_d;\nu}\\ &\quad \times \braket{b,m_b; c,m_c}{f,m_f;\rho}[U_f(1)]^{m_f}_{n_f}[U_{g}(2)]^{m_g}_{n_g} \end{split} \]

を得る.最後の等号の1行目の式に,式 (3.10) を用い,2行目に, 式 (3.6) を用いると,

\[ \begin{split} &\sum_{l_b,l_e,n_e,n_c} \braket{a,m_a; b,l_b}{e, l_e;\mu} \braket{e,n_e; c,n_c}{d, n_d;\nu} [U_{b}(1)]^{m_b}_{l_b}[U_{e}(2)]^{l_e}_{n_e} [U_{c}(1)]^{m_{c}}_{l_c} [U_{c}(2)]^{l_c}_{n_{c}}\\ &=\sum_{f,\rho,\sigma} [F_d^{abc}]_{(e,\mu,\nu)(f,\rho,\sigma)}\\ &\quad \times\sum_{m_d,m_f,n_f} \braket{a,m_a;\,f,n_f}{d,m_d;\sigma} \braket{b,m_b; c,m_c}{f,m_f;\rho}[U_f(1)]^{m_f}_{n_f}[U_{d}(2)]^{m_d}_{n_d}\\ \end{split} \tag{5.13}\]

が得られる. この関係式 (5.13) に適切に\(U\)を結合させ,規格化因子を考慮すると, 式 (5.12) の図式が得られる.

5.5 ゲージ不変な基底による\(\mathrm{SU}(N)\) Yang-Mills 理論

ハミルトニアン

ハミルトニアンは 式 (5.3) により, \[ H=\sum_{e\in {\mathcal{E}}}\frac{1}{2}E^2(e) -\frac{K}{2}\sum_{p\in \mathcal{P}}(\tr U(p)+\tr U^\dag(p) ) \tag{5.14}\]

と与えられる.


物理状態

Gauss の拘束条件を満たす基底は,各辺 (\(e\in \mathcal{E}\)) に既約表現 \(a_e\) を割り当て,各頂点 (\(v\in \mathcal{V}\)) に 多重度 \(\mu_v\) を付与した状態で,Clebsch–Gordan 係数が消えない組み合わせによって構成される. この基底を \(\ket右{\bm{a};\symbf{\mu}}\) と記す. グラフィカルには,式({5.9}) で表せる.

一般的な状態は,この基底の線形結合として

\[ \ket{\psi} = \sum_{\bm{a},\symbf{\mu}}\psi(\bm{a},\symbf{\mu})\ket{\bm{a};\symbf{\mu}} \]

と表される.


ハミルトニアンの状態への作用

\(\tr U_{d}\) の作用は,\(F\)-symbol を用いて次のように表される:

\[\tr U_{d}\] \[=\sum_{\{a'_{i},\mu'_i\}}\prod_{i=1}^{6} [F_{a'_{i}}^{c_{i}a_{i-1}d}]_{(a_{i},\mu_i,\mu_{i+1}),({a'}_{i-1},\mu'_{i-1},\mu'_{i})}\]

ここで, \(a'_0=a'_6\), \(\mu_0=\mu_6\), \(\mu'_0=\mu'_6\), および \(\mu'_7=\mu'_1\) である. 一方,電気的基底を用いているため,\(E^2\) の作用は,

\[E^2 \] \[=C_2(a)\]

\[ \tag{5.15}\]

である.これにより,状態にハミルトニアンを作用させたときの遷移先が定まる. ここでは \(\mathrm{SU}(N)\) ゲージ理論を念頭に定式化したが,一般のコンパクト Lie 群に対しても,\(C_2(a)\) および \(F\)-symbol を適切に選ぶことで同様の議論が成り立つ. また,有限群の場合も,電場項を適切に修正すれば同様の構成が可能である.

5.6 一般の格子上での取扱い

ここまでは,すべての頂点が3点であるハニカム格子上のゲージ理論を考えてきた:

ここでは,辺の向きを示す矢印は省略してある. 頂点が3点であるため,Gauss の拘束条件は Clebsch–Gordan 係数を用いて容易に解くことができた. では,頂点が4点以上の場合にはどのように解けばよいだろうか. まず,各頂点が4点である正方格子を例に取ろう:

Gauss の拘束条件は,4つの表現を合成して1重項を構成する問題に帰着する. しかし,いきなり4つを同時に合成するのではなく,まず2つずつ合成してから順に組み合わせていくことができる. これはグラフの言葉では,補助リンクを導入して各頂点を3点に分解し,問題を考えることに対応する:

\[ \Rightarrow \]

赤線が補助リンクに対応しており,これを潰すと元の正方格子に戻る. このグラフの各頂点に Clebsch–Gordan 係数を対応させれば,ゲージ不変な状態を構成できる. 逆にハニカム格子を考え,電場の演算子が黒線のみに作用するようにすれば,これは正方格子上のゲージ理論と等価になる.

補助線の入れ方には任意性がある.別の補助線の導入では次のようになる:

\[ \Rightarrow \]

\(F\)-symbol の性質により,Wilson 線の作用は補助線の入れ方に依存しない. したがって,理論そのものも補助線の取り方には依存しないことがわかる. より複雑な格子についても,補助線を導入して各頂点を3点に分解すれば,同様に取り扱うことができる.

Kogut, John B., and Leonard Susskind. 1975. Hamiltonian Formulation of Wilson’s Lattice Gauge Theories.” Phys. Rev. D 11: 395–408. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.11.395.