4  群上の量子力学

場の量子論は,空間の各点に量子力学的な系が定義され,それらが相互作用し合う系として理解できる. ゲージ理論は,その局所的な量子力学的な自由度が群構造をもつ系である. この節では,ゲージ場の理論の理解に必要な群上に定義された量子力学について概説する.

4.1 \(\mathrm{U}(1)\)上の量子力学

興味があるのは \(\mathrm{SU}(N)\) であるが,まず構造がより単純な \(\mathrm{U}(1)\) の場合,つまり座標 \(x\) が円周 \(S^1(\simeq\mathrm{U}(1))\) 上の場合の量子論から始める.円周の長さを \(2\pi\) に取ると \(x\)\(x+2\pi\) は同一視される. 形式的には正準交換関係 \([x,p]=\ri\) が成り立つが,\(x\)\(x+2\pi\) は同一視されるため,\(x\) を直接物理量とはみなせない. 一方で,位相因子 \(U_n = e^{\ri n x}\) (\(n\in\mathbb{Z}\)) は,周期的に定義され,物理量として意味を持つ.このとき,\(p\) との交換関係は,

\[ [p,U_n] =nU_n \tag{4.1}\]

であり,有限の変換について,

\[e^{\ri pa}U_n e^{-\ri pa}=e^{\ri na}U_n\]

が成り立つ. さらに,\(e^{\ri p a}e^{\ri p b}=e^{\ri p (a+b)}\) が成立し,また,\(e^{\ri n(x+2\pi)}=e^{\ri n x}\) であることから \(e^{\ri 2\pi p}\) は恒等変換となる.したがって,\(e^{\ri p a}\) の全体は \(\mathrm{U}(1)\)群をなす. また,式 (4.1) は,\(U_n\)\(\mathrm{U}(1)\) 電荷が整数 \(n\) の既約表現として振る舞うことを意味している.さらに,\(U_n\) の積は,\(U_nU_m= U_{n+m}\) を満たし,群の構造を持つことがわかる. これは可換群の特徴であり,後で見るように,この \(U_n\) の群構造は非可換群では成立しない.

4.1.1 ブラケット表記

Dirac のブラケット表記を用いると,座標の固有状態は \(\ket{x}\) と書ける.これは周期境界条件 \(\ket{x+2\pi}=\ket{x}\) を満たす.また直交性関係 \[ \bra{x}\ket{x'}=\delta_{2\pi}(x-x')\,, \]

および完全性

\[1=\int_0^{2\pi} dx\ket{x}\bra{x}\]

が成立する. ここで,\(\delta_{2\pi}(x-x')\)

\[ f(x) = \int_{0}^{2\pi} \dd{x'} \delta_{2\pi}(x-x') f(x') \]

を満たす \(2\pi\)-周期デルタ関数である.ここで,\(f(x)\)\(\mathrm{U}(1)\) 上の関数である. この \(2\pi\)-周期デルタ関数は,

\[ \delta_{2\pi}(x-x') = \frac{1}{2\pi}\sum_{n}e^{\ri n(x-x')} \]

と表す事ができる.

一方,周期境界条件から \(p\) の固有値は整数 \(n\in\mathbb{Z}\) に量子化される.その固有状態 \(\ket{n}\) は,直交性関係

\[ \bra{n}\ket{n'}=\delta_{n,n'}\,, \]

および完全性

\[ 1=\sum_{n}\ket{n}\bra{n} \]

を満たす. また,\(\ket{n}\)\(U_n\) を用いて,

\[ \ket{n} = U_n\ket{0} \]

と表すことができる.

4.1.2 Fourier 展開

任意の状態 \(\ket{\psi}\) は,座標表示と運動量表示を用いて

\[ \begin{split} \ket{\psi} = \int_0^{2\pi} dx \ket{x}\psi(x)=\sum_{n\in\mathbb{Z}}\ket{n}\psi^n \end{split} \]

と展開できる.ここで,\(\psi(x)=\bra{x}\ket{\psi}\), \(\psi^n=\bra{n}\ket{\psi}\) である. 両者は,Fourier 展開を通じて

\[ \psi(x) = \sum_{n\in\mathbb{Z}}\bra{x}\ket{n}\psi^n =\sum_{n\in\mathbb{Z}}\frac{e^{\ri n x}}{\sqrt{2\pi}} \psi^n \]

と結びついている.基底関数 \(\bra{x}\ket{n}=e^{\ri n x}/\sqrt{2\pi}\) は,\(\mathrm{U}(1)\) の1次元既約表現に対応している.

4.2 \(\mathrm{SU}(N)\)上の量子力学

次に \(\mathrm{SU}(N)\) への拡張を考える.\(\mathrm{SU}(N)\) の既約表現 \(a\) の表現行列の行列要素を \([D_a]^{m_a}_{n_a}\) とする.これに対応する演算子を \([U_a]^{m_a}_{n_a}\) と表す. \(\mathrm{SU}(N)\) を多様体とみなして変数を多様体上の座標にとっても良いが,ここでは,\(\mathrm{SU}(N)\) の表現行列を基本変数とする立場をとる.これは,\(\mathrm{U}(1)\) の場合に座標 \(x\) を直接用いる代わりに,位相因子 \(U_n\) を用いたことに対応する.

4.2.1 右作用と左作用

\(\mathrm{U}(1)\) の場合の交換関係 (4.1) を \(\mathrm{SU}(N)\) に拡張しよう. そのために,\(U_a\) に右から作用する演算子として \(\ER_{i}\) を導入し,交換関係を

\[ [\ER_{i},U_a] =U_a T_{ai} \tag{4.2}\]

と定義する. ここで,\(T_{ai}\)は,\(\mathrm{SU}(N)\) のLie代数の生成子の行列表示で,表現の次元を \(d_a\) として,\((d_a\times d_a)\) 行列である.基本表現の場合は,\(d_{\mathrm{fund}}=N\) である. 交換関係を成分を用いて陽に表すと, \[ [\ER_{i},[U_a]^{m_a}_{n_a}] =[U_a]^{m_a}_{l_a} [T_{ai}]^{l_a}_{n_a} \]

となる.\([T_{ai}]^{l_a}_{n_a}\) は,演算子ではなく複素数に値を取る.従って,\(\ER_i\)\([U_a]^{m_a}_{n_a}\) と可換である. これらは,行列として,

\[ [T_{ai}, T_{aj}] =\ri f^k_{~ij}T_{ak} \]

の交換関係を満たす.ここで,\(f^k_{~ij}\) は構造定数である.\(\mathrm{SU}(2)\) の場合は,\(f^k_{~ij}=\epsilon_{ijk}\) である. Jacobiの恒等式を用いると定数の不定性を除いて

\[ \begin{split} [\ER_{i},\ER_{j}] &=\ri f^{k}_{~ij}\ER_{k} \end{split} \tag{4.3}\]

が得られ,\(\ER_i\) は,\(T_i\) と同じ交換関係を満たしていることがわかる.

Jacobiの恒等式は,

\[ [R_i,[R_j,U_a]]+[R_j,[U_a,R_i]]+[U_a,[R_j,R_i]]=0 \]

で,式 (4.2)を用いると,

\[ [[R_i,R_j],U_a]-U_a[T_i,T_j]=0 \]

を得る.式 (4.3) 及び,\(U_a T_{a}=[R_i, U_a]\) であることを用いると

\[ [([R_i,R_j]-\ri f^k_{~ij} R_k),U_a]=0 \]

が得られる.

右作用と同様に,

\[ [\EL_{i},U_a] =T_{ai}U_{a} , \quad [\EL_{i},\EL_{j}] =-\ri f^k_{~ij}\EL_{k} \tag{4.4}\]

を満たす左から作用する演算子 \(\EL_{i}\) を導入することができる.しかし,\(\EL_{i}\)\(\ER_{j}\) は独立ではなく,随伴行列 \([U_{\mathrm{adj}}]_i^j\) を通じて関係している:

\[ [U_{\mathrm{adj}}]_i^j \EL_j = \ER_i \,. \]

ここで,\([U_{\mathrm{adj}}]_i^j\) は,随伴表現の演算子で,基本表現の演算子 \(U\) を用いて,

\[ U T_i U^\dag =T_j[U_{\mathrm{adj}}]_i^j \tag{4.5}\]

と表される.ここで,\(T_i\) は基本表現の生成子である.

\([U_{\mathrm{adj}}]_i^j \EL_j\)\(\ER_i\) と同じ交換関係を満たすことを確認しておこう. \(U\)との交換関係は,次のように計算される:

\[ [[U_\mathrm{adj}]^j_iL_j, U] =[U_\mathrm{adj}]^j_i T_jU =U T_i U^\dag U = U T_i\,. \]

ここで,式 (4.5) を用いた. 次に,

\[ [R_i, [U_\mathrm{adj}]^k_jL_k] =[U_\mathrm{adj}]^k_l[T_{\mathrm{adj}i}]^l_jL_k = \ri f^l_{~ij} [U_\mathrm{adj}]^k_l L_k \]

を満たすことがわかる.ここでは,\([T_{\mathrm{adj}i}]^l_j=\ri f^l_{~ij}\)を用いた.

さらに,

\[ [L_i, [U_\mathrm{adj}]^k_jL_k] =[L_i, [U_\mathrm{adj}]^k_j]L_k +[U_\mathrm{adj}]^k_j [L_i,L_k] =[T_{\mathrm{adj}{i}}]^k_l[U_\mathrm{adj}]^l_jL_k +[U_\mathrm{adj}]^k_j(-\ri f^l_{~ik}L_l) =0 \]

となる.最後に \([U_\mathrm{adj}]^k_iL_k\) 同士の交換関係は,

\[ [[U_\mathrm{adj}]^k_iL_k, [U_\mathrm{adj}]^l_jL_l] =[[U_\mathrm{adj}]^k_iL_k, [U_\mathrm{adj}]^l_j]L_l +[U_\mathrm{adj}]^l_j[[U_\mathrm{adj}]^k_iL_k, L_l] \]

の形になり,右辺の第二項は,ゼロになり,第一項は計算すると,

\[ [[U_\mathrm{adj}]^k_iL_k, [U_\mathrm{adj}]^l_jL_l] = [U_\mathrm{adj}T_{\mathrm{adj}i}]^l_jL_l =\ri f^m_{~ij}[U_\mathrm{adj}]^l_{m} L_l \]

となる.したがって,\([U_{\mathrm{adj}}]_i^j \EL_j\)\(\ER_i\) と同じ交換関係を満たす.

\(U_{\mathrm{adj}}\) の直交性

\[ \sum_k[U_{\mathrm{adj}}]^i_k [U_{\mathrm{adj}}]^j_k =\delta^{ij} \]

より,\(\delta^{ij}\ER_{i}\ER_{j}=\delta^{ij} \EL_{i}\EL_{j}\eqqcolon E^2\) が成り立ち,\(\ER_i\)\(\EL_i\) のいずれから定義しても同じ演算子 \(E^2\) が得られる.

\([U_{a}]^{m}_{n}\) の積は,\(\mathrm{SU}(N)\) の Clebsch–Gordan 係数を用いて

\[ [U_{a}]^{m_a}_{n_a} [U_{b}]^{m_b}_{n_b} =\sum_c\sum_{m_c,n_c,\mu} \braket{a,m_a;\, b,m_b}{c,m_c;\mu} \braket{c,n_c;\mu}{a,n_a;\, b,n_b} [U_{c}]^{m_c}_{n_c} \tag{4.6}\]

と展開できる. ここで,\(\mu\in\{1,2,\cdots, N_{ab}^c\}\) は,多重度に対するラベルで \(N_{ab}^c\) は既約表現が直積分解の中に何回現れるかを表す多重度である. \(\mathrm{SU}(2)\) の場合は,既約表現の合成で同じ表現が2回現れることはなく,多重度 \(N_{ab}^c\) は,\(1\)\(0\) となり,\(\mu\) の添字は必要ない.

で,\(N_{ab}^c=N_{ba}^c=N_{b\bar{c}}^{\bar{a}}=N_{\bar{a}\bar{b}}^{\bar{c}}\) を満たす. ここで,\(N_{ab}^{c}\) は多重度と呼ばれ非負の整数である.これは,表現 \(a\), \(b\) を合成して,\(c\) ができる数に対応し,\(\mathrm{SU}(2)_k\) の場合は,\(N_{ab}^{c}\)\(0\) または \(1\) の値を取る. 一般には,\(N_{ab}^c>1\) の値を取る.例えば,\(\mathrm{SU}(3)\)群の場合は,2つの随伴表現 \(\bm{8}\) の合成 \(\bm{8}\otimes \bm{8}\) は,\(\bm{1}\oplus\bm{8}\oplus\bm{8}\oplus\overline{\bm{10}}\oplus\bm{10}\oplus\bm{27}\) に分解される.つまり, \(N_{\bm{8}\bm{8}}^{\bm{1}}=N_{\bm{8}\bm{8}}^{\bm{10}}=N_{\bm{8}\bm{8}}^{\overline{\bm{10}}}=N_{\bm{8}\bm{8}}^{{\bm{27}}}=1\)\(N_{\bm{8}\bm{8}}^{\bm{8}}=2\) である. Dynkin ラベルのかわりに表現の次元を用いて状態を指定した. Dynkin ラベル \((p,q)\)

を用いる場合は,\(\bm{1}=(0,0)\), \(\bm{8}=(1,1)\), \(\bm{10}=(3,0)\), \(\overline{\bm{10}}=(0,3)\), 及び \({\bm{27}}=(2,2)\) が対応する

式 (4.6) について \(m_a=n_a\), \(m_b=n_b\) として和を取ると, Clebsch–Gordan 係数の直交性 (3.7) を用いて

\[ \tr U_a \tr U_b = \sum_{c}N_{ab}^c \tr U_c \tag{4.7}\]

が得られる. \(U_nU_m=U_{n+m}\) となる \(\mathrm{U}(1)\) の場合と異なり,\(\tr U_a\) または,\([U_a]^{m_a}_{n_a}\) の積は群構造を持たない.

4.2.2 磁気的基底

群の元 \(g\in\mathrm{SU}(N)\) に対応する基底を \(\ket{g}\) と表す.これは,\([U_a]^{m_a}_{n_a}\) の作用に対して,表現行列の行列要素を返す状態

\[ [U_{a}]^{m_a}_{n_a}\ket*{g} = [D_{a}(g)]^{m_a}_{n_a} \ket*{g} \]

である. この基底を磁気的基底と呼ぶことにする. また,直交性と完全性は,

\[ \begin{split} \bra{g}\ket{g'}&= \delta(g\bar{g}')\,,\\ \quad 1&=\int \dd{g} \ket{g}\bra{g} \end{split} \]

で与えられる.\(\dd{g}\)\(\int \dd{g} =1\) に規格化された Haar 測度で,\(\delta(gg'^{-1})\) は,

\[ \int \dd{g'} \delta(g\bar{g}')\psi(g')=\psi(g) \]

を満たすデルタ関数である. このデルタ関数は,指標 \(\chi_a(g)=\tr D_a(g)\) を用いて

\[ \delta(g\bar{g}') = \sum_{a}\chi_a(g\bar{g}') \]

と表すことができる.

4.2.3 電気的基底

\(E^2 = \delta^{ij}{\ER}_i{\ER}_j = \delta^{ij}{\EL}_i{\EL}_j\) を対角化する基底を導入し,これを 電気的基底と呼ぶ. これは,\(\ER_i\), \(\EL_i\) の作用に対して,

\[ \begin{split} \ER_i\ket{a,m_a,n_a}&=\sum_{n'_a}[T_i]^{n'_a}_{n_a}\ket{a,m_a,{n'}_a}\,,\\ \EL_i\ket{a,m_a,n_a}&=\sum_{m'_a}[T_i]^{m_a}_{m'_a}\ket{a,{m'}_a,{n}_a} \end{split} \]

となるように取れば良い.実際, \(\delta^{ij}[T_{ai}T_{aj}]^{m_a}_{n_a}=C_2(a)\delta^{m_a}_{n_a}\) より, \(E^2\ket{a,m_a,n_a}=C_2(a)\ket{a,m_a,n_a}\) となっていることがわかる. ここで,\(C_2(a)\) は,表現 \(a\) に対する2次の Casimir 不変量である.例えば,\(\mathrm{SU}(2)\) の場合は,スピン \(j_a\) を持つ表現に対して,\(C_2(a)=j_a(j_a+1)\) となる. この状態は,\([U_{a}]^{m_a}_{n_a}\) を用いて,位相の不定性を除いて,

\[ [U_{a}]^{m_a}_{n_a}\ket*{0,0,0}= \frac{1}{\sqrt{d_a}}\ket*{a,m_a,n_a} \tag{4.8}\]

と表すことができる. 直交性と完全性は,以下のようになる:

\[ \begin{split} &\bra{a,m_a,n_a}\ket{b,m_b,n_b}=\delta^a_b\delta_{m_a}^{m_b}\delta^{n_a}_{n_b}\,,\\ &1=\sum_{a}\sum_{m_a,n_a}\ket{a,m_a,n_a}\bra{a,m_a,n_a} \,. \end{split} \]

4.2.4 Fourier(Peter–Weyl) 展開

\(\mathrm{U}(1)\) の場合と同様に状態は,

\[ \ket{\psi} = \int \dd{g} \psi(g)\ket{g} = \sum_a\sum_{m_a,n_a} [\psi^a]_{m_a}^{n_a}\ket{a,m_a,n_a} \]

の形で書ける.ここで,

\[ \begin{split} \psi(g) &= \bra{g}\ket{\psi}\,,\\ [\psi^a]_{m_a}^{n_a}&=\bra{a,m_a,n_a}\ket{\psi} \end{split} \]

である. \(\psi(g)\)\([\psi^a]_{m_a}^{n_a}\) は,Peter–Weyl 定理により

\[ \psi(g) = \sum_{a}\sum_{m_a,n_a}\bra{g}\ket{a,m_a,n_a}[\psi^a]_{m_a}^{n_a} =\sum_{a}\sum_{m_a,n_a}\sqrt{d_a}[D_a]^{m_a}_{n_a}(g) [\psi^a]_{m_a}^{n_a} \]

と関係している. ここで,\(\sqrt{d_a}[D_a]^{m_a}_{n_a}(g)=\bra{g}\ket{a,m_a,n_a}\) である.