ハミルトニアン形式による格子QCD入門

本講義ノートは,「原子核三者若手 夏の学校2025」 における講義「ハミルトニアン形式による格子ゲージ理論入門」のノートである. 本講義では,格子ゲージ理論のハミルトニアン形式に焦点を当て,その基礎的枠組みと物理的意味を解説する.

1 はじめに

本講義ノートは,格子上の非可換ゲージ理論のハミルトニアン形式(Kogut–Susskind 形式)の基礎を,場の理論の経験がない学生にも理解できるように解説することを目的とする. ハミルトニアン形式では,ヒルベルト空間を明示的に構成し,その上で時間発展やエンタングルメント構造を直接扱うことができる.この点は,ユークリッド経路積分に基づく標準的な格子計算に対して相補的な利点をもつ.特に,

  1. 実時間ダイナミクスや非平衡現象
  2. 有限密度系
  3. 量子情報量
  4. 量子計算およびテンソルネットワーク手法との親和性

などの観点から,ハミルトニアン形式の意義は近年ますます高まっている. これらのトピックスを具体的に扱うことはできないが,それらに取り組むための基礎を提供することを目指す.

本講義ノートでは,Einstein記法を用いる.つまり上下に現れた同じ添字に対しては,断りが無い限り縮約(和を取る)を行うものとする.また,状態のテンソル積 \(\ket{a}\otimes \ket{b}\) は,単に \(\ket{a}\ket{b}\) のように表記する. \(\mathbb{Z}\)\(\mathbb{R}\)\(\mathbb{C}\) は,整数,実数および複素数の集合を表す.