6  量子群による有限次元近似

一般に \(\mathrm{SU}(N)\)群の既約表現は無限に存在するため,有限の格子上であっても Hilbert 空間は無限次元となる. 量子計算機などで数値計算を行うには,有限次元の Hilbert 空間に近似する必要がある. ここでは,有効な方法の一つとして量子群変形を用いた有限次元近似法を紹介する (Zache, González-Cuadra, and Zoller 2023; Hayata and Hidaka 2023). 量子群 \(\mathrm{SU}(N)_k\) では,Young 図の横方向の箱の数が最大 \(k\) に制限される. 例えば \(\mathrm{SU}(2)_k\) の場合,スピン \(j\)\(0, \tfrac{1}{2}, 1, \ldots, k/2\) の範囲に限られる. 量子群変形の利点は,これまで導入した式 (5.11) や (5.12) が形式的にはそのまま成立する点にある. ただし,各係数は量子群に対応して変形される. 量子群の詳細についてはここでは立ち入らず(Appendix B 節を参照), 以下では \(\mathrm{SU}(2)_k\) および \(\mathrm{SU}(3)_k\) の場合を具体例として紹介する.

6.1 \(\mathrm{SU}(2)_k\)

表現のカットオフにより,式 (2.9) の \(\delta_{abc}\) は次のように修正される:

\[ N_{ab}^c=\delta_{abc}\coloneqq \begin{cases} 1 & j_{a}+j_{b}\geq j_{c}, j_{b}+j_{c}\geq j_{a}, j_{c}+j_{a}\geq j_{b}, j_{a}+j_{b}+j_{c}\in\mathbb{Z},\\ &\text{かつ } j_a+j_b+j_c\leq k \\ 0 & \text{その他} \end{cases} \tag{6.1}\]

ここで,表現の次元 \(d_a\) は量子次元 (Frobenius–Perron dimension) に置き換わり,

\[ [N_a]^{c}_{b}=N_{ab}^c \tag{6.2}\]

を行列 \(N_{a}\) とみなしたときの最大固有値で与えられる. これはパラメータ \[ q = \exp\ri \frac{2\pi}{k+2} \]

を用いて定義される \(q\)

\[ [n]\coloneqq \frac{q^{\frac{n}{2}}-q^{-\frac{n}{2}}}{q^{\frac{1}{2}}-q^{-\frac{1}{2}}}=\frac{\sin\qty(\frac{\pi}{k+2}n)}{\sin\qty(\frac{\pi}{k+2})} \tag{6.3}\]

を使って \(d_a=[2j_a+1]\) と表されることが知られている.\(k\to\infty\) の極限では \(d_a=2j_a+1\) に戻る.

全量子次元は,

\[ \mathcal{D} \coloneqq \sqrt{\sum_{a}d_a^2}=\sqrt{\frac{k+2}{2}}\frac{1}{\sin\qty(\frac{\pi}{k+2})} \]

と定義され,大きな \(k\) に対しては \(\mathcal{D}\sim (k+2)^{3/2}\) と振る舞う. また,2次の Casimir 不変量は

\[ C_2(a)=[j_a][j_a+1] \tag{6.4}\]

となる. Wilson ループの作用計算には \(F\)-symbol が必要であり,これは式 (2.16) と同様に

\[ [F^{abc}_d]_{ef}=(-1)^{j_a+j_b+j_c+j_d}\sqrt{d_{e}d_{f}} \begin{Bmatrix} j_a & j_b & j_e\\ j_c & j_d & j_f \end{Bmatrix} \]

と表される. ただし,Wigner \(6\)\(j\) シンボルは \(q\) 変形され,

\[ \begin{split} \begin{Bmatrix} a & b & c\\ d & e & f \end{Bmatrix} &\coloneqq \Delta(a,b,c)\Delta(a,e,f)\Delta(d,b,f)\Delta(d,e,c)\sum_z(-1)^z [z+1]!\\ &\quad\times \frac{([a+b+d+e-z]![a+d+c+f-z]![b+e+c+f-z]!)^{-1}}{[z-a-b-c]![z-a-e-f]![z-d-b-f]![z-d-e-c]!}\,, \end{split} \] ここで,

\[ \Delta(a,b,c)=\delta_{abc}\sqrt{\frac{[a+b-c]![a-b+c]![-a+b+c]!}{[a+b+c+1]!}}\,, \]

および,\([n]!=[n][n-1]\cdots [2][1]\) である. また,\(z\) が取りうる範囲は,

\[ \max(a+b+c,a+e+f,d+b+f,d+e+c)\leq z\leq \min(a+b+d+e,a+d+c+f,b+e+c+f) \]

で与えられる.

6.2 \(\mathrm{SU(3)}_k\)

\(\mathrm{SU}(3)_k\) の表現は,Dynkin ラベル \(a=(p_a,q_a)\) で表される. fusion の多重度は,

\[ N_{ab}^{c} =(k_0^{\max}-k_0^{\min}+1)\delta_{ab}^c \]

で与えられる (Begin, Mathieu, and Walton 1992). ここで,

\[ k_0^{\min}=\max(p_a+q_a,p_b+q_b,p_c+q_c,\mathcal{A}-\min(p_a,p_b,q_c),\mathcal{B}-\min(q_a,q_b,p_c))\,, \]

\[ k_0^{\max}=\min(\mathcal{A},\mathcal{B})\,, \]

\[ \mathcal{A}=\frac{1}{3}\qty(2(p_a+p_b+q_c)+q_a+q_b+p_c)\,, \]

\[ \mathcal{B}=\frac{1}{3}\qty(p_a+p_b+q_c+2(q_a+q_b+p_c))\,, \]

\[ \delta_{ab}^c=\begin{cases} 1\quad \text{if $k_0^{\max}>k_0^{\min}$ and $\mathcal{A}, \mathcal{B}\in\mathbb{Z}_+$}\\ 0\quad\text{otherwise} \end{cases} \]

であり,\(\mathbb{Z}_+\) は非負の整数全体を表す.

\(q\) 変形パラメータは

\[ q = \exp(\ri\frac{2\pi}{k+3}) \]

で与えられ,対応する \(q\) 数は,

\[ [n]\coloneqq \frac{q^{\frac{n}{2}}-q^{-\frac{n}{2}}}{q^{\frac{1}{2}}-q^{-\frac{1}{2}}}=\frac{\sin\qty(\frac{\pi}{k+3}n)}{\sin\qty(\frac{\pi}{k+3})} \label{eq-[n]su3} \]

と定義される.ここでの \(q\) は,Dynkin ラベルのではない点に注意.

2次の Casimir 不変量 \(C_2(a)\) は,

\[ C_2(a) = \frac{1}{2}\qty(\left[\frac{p_a}{3}-\frac{q_a}{3}\right]^2+\left[\frac{2p_a}{3}+\frac{q_a}{3}+1\right]^2+\left[\frac{p_a}{3}+\frac{2q_a}{3}+1\right]^2-2) \tag{6.5}\]

で与えられる (Bonatsos and Daskaloyannis 1999) (ここでの\(C_2(a)\)の規格化因子は (Bonatsos and Daskaloyannis 1999)\(1/2\) を採用している.).

また,量子次元は,

\[ d_{a} =\frac{1}{[2]}[p_a+1][q_a+1][p_a+q_a+2] \label{eq-dpq} \]

で与えられる (Coquereaux et al. 2006). 最も重要な \(F\)-symbol については,残念ながらコンパクトな表式は知られていないが,小さい \(k\) の場合には (Ardonne and Slingerland 2010) で議論されている

6.3 \(q\) 変形された \(\mathrm{SU}(N)_k\) Yang-Mills 理論

\(q\) 変形された \(\mathrm{SU}(N)_k\) Yang–Mills 理論は,形式的には式 (5.14) と同じハミルトニアンで記述される: \[ H = \frac{1}{2}\sum_{e\in {{\mathcal{E}}}} E^2(e) - \frac{K}{2} \sum_{p\in \mathcal{P}}\qty( \tr U (p)+\tr U^\dag (p) ) \]

ここで,\(\mathcal{E}\) は電場が作用する辺の集合,\(\mathcal{P}\) はプラケットの集合である. \(E^2(e)\) は電場演算子の2乗,\(\tr U(p)\) は基本表現における Wilson ループを表す.\(K\) は結合定数である. 演算子の状態への作用は,\(q\) 変形され,以下で与えられる.

電場項の作用

電場項の作用は \(q\) 変形により次式で与えられる:

\[E^2 \] \[= C_2(a)\]

ここで \(C_2(a)\) は2次の Casimir 不変量である. \(\mathrm{SU}(2)_k\) および \(\mathrm{SU}(3)_k\) の場合には,それぞれ式 (6.4),(6.5) で与えられる.

Wilson ループの作用

Wilson ループ \(\tr U_d\) の作用は,\(q\) 変形された \(F\)-symbol を用いて次のように表される:

\[\tr U_{d}\] \[ =\sum_{\{a'_{i},\mu'_i\}}\prod_{i=1}^{6} [F_{a'_{i}}^{c_{i}a_{i-1}d}]_{(a_{i},\mu_i,\mu_{i+1}),({a'}_{i-1},\mu'_{i-1},\mu'_{i})}\]

ここで,添字に関して \(a'_0=a'_6,\ \mu_0=\mu_6,\ \mu'_0=\mu'_6,\ \mu'_7=\mu'_1\) が成り立つ.

6.3.1 ペナルティ項

Gauss の拘束条件を解いたあとの物理状態は非局所的な基底で表される. 非局所的な基底をそのまま用いて計算することもできるが,実際には扱いにくいことが多い. そこで,そこで局所的な基底を導入し,Clebsch–Gordan 係数が消えない状態になるように ペナルティ項を課すことで,低エネルギー状態が物理状態に対応するように構成すると便利である.

Hilbert空間の構成

まず,用意するヒルベルト空間として,各辺 \(e\in \mathcal{E}\) に,既約表現でラベルされた基底 \(\ket{a_e}\) を持つ Hilbert 空間 \(\mathcal{H}_e\) を割り当てる. さらに,各頂点 \(v\in \mathcal{V}\) に多重度に対応する基底 \(\ket{\mu_v}\) (\(\mu_v\in\{1,2,\cdots N_\mathrm{max}\}\)) を持つ Hilbert 空間 \(\mathcal{H}_v^{\mathrm{mult}}\) を導入する. ここで,\(N_\mathrm{max}\)は,多重度の最大値である.

全体の Hilbert 空間は,

\[ \mathcal{H} =\bigotimes_{e\in\mathcal{E}}\mathcal{H}_e\bigotimes_{v\in\mathcal{V}}\mathcal{H}_v^{\mathrm{mult}} \]

で与えられ,その基底は

\[ \ket{\bm{a},\symbf{\mu}}=\bigotimes_{e\in\mathcal{E}}\ket{a_e}\bigotimes_{v\in\mathcal{V}}\ket{\mu_v} \]

と表される. これにより,局所的な Hilbert 空間上に理論を構成できる.

\(\mathrm{SU}(2)_k\) の場合,表現は \(0, {1}/{2}, \dots, k/2\)\((k+1)\) 状態を取り,多重度ラベルは不要である. したがって,辺にスピン \(k/2\) を持つスピン系とみなすことができる.

この構成では余分な自由度を導入するため Hilbert 空間は大きくなるが, もとの基底 \(\ket{a,m_a,n_a}\) と比べて \(m_a\)\(n_a\) の自由度が不要な分,十分に小さく抑えられている.

ペナルティ項の定義

ペナルティ項は、各頂点で Clebsch–Gordan 係数が消えない部分空間への射影 \(Q_v\) を用いて定義される.

\[ \delta_{ab}^{c,\mu} = \begin{cases} 1 & \text{if $1 \leq \mu \leq N_{ab}^c$}\\ 0 & \text{else} \end{cases} \]

を用いて,\(Q_v\)

\[Q_v \quad \] \[=\delta_{ab}^{c,\mu}\]

\[Q_v\] \[=\delta_{ab}^{c,\mu}\]

となるように定義する. \(Q(v)\) はすべての \(Q(v')\), \(E^2(e)\), \(\tr U_a(p)\) と可換で,ハミルトニアンとも可換である. すべての頂点で,\(Q(v)=1\) となる状態が物理的な状態に対応する.

ペナルティ項の導入

ペナルティ項として,\(-\lambda\sum_{v}Q_v\) をハミルトニアンに追加し,

\[ H \to H - \lambda\sum_{v}Q_v \]

\(\lambda\) が十分大きいところでシミュレーションすることで,ほしい物理状態に制限することができる.

この模型で,電場項を落とすと,Levin-Wen 模型 (Levin and Wen 2005) に帰着する.

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Coquereaux, Robert, D. Hammaoui, G. Schieber, and E. H. Tahri. 2006. Comments about quantum symmetries of SU(3) graphs.” J. Geom. Phys. 57: 269–92. https://doi.org/10.1016/j.geomphys.2006.03.002.
Hayata, Tomoya, and Yoshimasa Hidaka. 2023. String-net formulation of Hamiltonian lattice Yang-Mills theories and quantum many-body scars in a nonabelian gauge theory.” JHEP 09: 126. https://doi.org/10.1007/JHEP09(2023)126.
Levin, Michael A., and Xiao-Gang Wen. 2005. String net condensation: A Physical mechanism for topological phases.” Phys. Rev. B 71: 045110. https://doi.org/10.1103/PhysRevB.71.045110.
Zache, Torsten V., Daniel González-Cuadra, and Peter Zoller. 2023. Quantum and Classical Spin-Network Algorithms for q-Deformed Kogut-Susskind Gauge Theories.” Phys. Rev. Lett. 131 (17): 171902. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.131.171902.